名古屋地方裁判所 昭和55年(ワ)1801号 判決 1983年5月23日
原告
伊藤房子
右訴訟代理人
浅井正
被告
学校法人猪高学園
右代表者理事長
岡田一忠
右訴訟代理人
久野忠志
草間豊
織田幸二
主文
一 原告が被告に対し、雇用契約上の権利を有することを確認する。
二 被告は原告に対し、金二八二万六九八〇円及び、
1 内金一〇万八七三〇円に対する昭和五五年四月二五日から、
2 ないし25<中略>
26 内金一〇万八七三〇円に対する同年五月二五日から、
各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
三 被告は原告に対し、昭和五七年六月以降毎月二五日限り、金一〇万八七三〇円宛を支払え。
四 原告のその余の請求を棄却する。
五 訴訟費用は被告の負担とする。
六 この判決は、二、三項に限り、仮に執行することができる。
事実《省略》
理由
第一雇用契約上の地位確認請求及び賃金請求について
一争いのない事実<省略>
二本件解雇の経緯<省略>
三解雇等についての判断
1 昭和五五年二月二六日の解雇予告について
(一) 被告は、原告に対して就業規則所定の解雇規定に基づき解雇予告をなした旨主張するので、まず、被告の就業規則の法的効力の有無につき判断するに、前記認定事実によれば、被告の就業規則は、その届出当時に被告の職員の意見を聞いたものの、その後、被告の職員に周知させるべき方法が全く執られていなかつたのみならず、園に備え置かれたこともなく、そのため中本事務長でさえ佐藤前理事長の自宅でその原稿を見たのみで、まして被告の職員は、その存在すら認識しうる状態にはなかつたのであるから、かかる事実関係を総合すれば、右就業規則は使用者に対しいわゆる周知義務を定めた労働基準法一〇六条一項の規定に明らかに反するものというべきである。しかして右規定の設けられた趣旨は、就業規則がその制定手続の過程において、労働者側の意見を聴取するものの、使用者側が一方的に制定するものであつて、法令に反しない限り労働者はこれに拘束されるものであることに鑑み、労働者の権利及び義務をあらかじめ労働者に会得せしめることにより紛争の防止を図るとともに、労働者の申告権の規定と相俟つて、就業規則の実施を労働者側より監視させることにあるというべきであるから、同条は単なる取締規定というべきではなく、右趣旨に照らすと、必ずしも同条一項所定の周知方法が執られることまでは要しないが、少なくとも労働者がこれを知ろうと思えば知りうるような状態に置かれていることが就業規則の効力要件であると解するのが相当である。そうとすると、周知方法が全く執られていなかつた被告の就業規則は無効といわざるをえない。
(二) そこで、本件の解雇の予告が解雇権の濫用に該るか否かを判断するに、前記認定のとおり原告の当初の出勤時間は午前一〇時と定められたが、その後、午前九時三〇分、さらに午前九時との指示がなされ、原告がその時間に遅れて出勤したことが時々あつたが、遅刻の頻度及びその程度については、本件全証拠によるも明らかではない。また、原告は銀行の預金口座への入金につき中本事務長から注意を受けたことがあるが、計算ができないとかあるいは計算能力が普通の者より劣つているということはなく、これらについて特に注意を受けたことはない。さらに、金庫内の現金の盗難事件についても、原告が中本事務長の指示を誤解したことによるものであり、また、園長宛に送られて来た金員については園長からその保管を頼まれたものであつて、別の取扱いをすべきものと誤解しても無理からぬ点がないではなく、約七万八〇〇〇円の盗難被害額は、少額ではないにしても、さほど多額であるとも言えない。また、原告の高血圧症は、自宅で倒れた時には、かなり重症であつたと認められるが、医師の診療を受けて軽快し、一か月間継続して欠勤し休養したのも中本事務長の指示によるもので継続して重症であつたわけではなく、原告は、同年二月一〇日以降は出勤し就労しているが高血圧症のため事務に支障を来たしたとの事情は、うかがわれない。
右の事情その他前記認定の本件解雇に至る一切の経緯を考慮すると、被告の主張する各事由に基づき原告を解雇するというのは余りに原告に酷であるというべきであつて、社会通念上相当なものとして是認することができず、本件解雇予告は解雇権の濫用というべきであり無効と解するのが相当である。
2 退職の合意について<以下、省略>
(川端浩 棚橋健二 山田貞夫)